佐野さんの『オレンジ』が炊き立ての新米みたいに美しかったよね、ってお話。
●はじめに。
こんにちは。こんばんは。
ご来訪いただきありがとうございます。
さて、早速ですがこのはてブをお読みくださっているみなさま、
2021年8月28日にTBS系列で放送されていた
『生放送で満点出せるか 100点カラオケ音楽祭』
をご覧になりましたでしょうか?
(見逃し配信終わっちゃいましたね……録画が残っている方はテープ擦り切れるまで見ましょうね……)
私は数回前のはてブでも書いているように福本担を名乗っているのですが、この佐野さん見ながら自分でも引くくらいにボロ泣きしていました。
何度見ても、佐野さんの歌声の美しさ、表情の柔らかさ、選曲、横で聞いている小島さんの表情、もうそのすべてが涙腺を攻撃してきて、、、その節はタイムラインを荒らして申し訳ございませんでした…。
ただですね、ちょうど放送から1日くらい経ったころでしょうか、
懲りずにまた録画を見ていたときに、突如として気づいたことがあったのです。
それは、2番のBメロを聞いていたときのこと。
"歯がゆい旅路の途中で寝転んだね"
の部分を聞き、私は目を見開きました。
[ŋ]だ!!!!!!鼻濁音だ!!!!!!
それに気づいてから改めて聞くと、なんということでしょう、上記の場所以外にも鼻濁音があるじゃないですか。
はーーーーーーー佐野さん好き。
でも佐野さん、普段鼻濁音を使用しているイメージってほとんどないんです。
(どちらかと言えば鼻濁音と言えば正門さん。)
そう考えてみると他にも普段とは少し違った歌い方をしているのかな、と思うような、思わないような……
とまあこんなわけで、私の中の言語学人格が燃え上がりまして。
音韻学的視点で見てみようかな、と思ったわけです。
先にお断りしておきますが、
・声楽は人生で一度も触れたことありません。
・正直音韻学も大学時代に概論の授業でサラっとやった程度です。
・どんな歌声の佐野さんももちろんもちろんもちろん大好きです(最重要)
この3点をご理解いただいた上で、もしよろしければお読みいただけると嬉しいです。
●鼻濁音について。
そもそも[ŋ]ってなんやねん、鼻濁音ってどんなやねん、と思われる方もいるかもしれません。
辞書には、次のように記されています。
【鼻濁音】
鼻音化した濁音。一般にガ行鼻濁音(ガ行鼻音)をいう。「かがみ(鏡)」「しらぎく(白菊)」「どうぐ(道具)」などの「が」「ぎ」「ぐ」の頭子音の類。音声記号は[ŋ]。
【ガ行鼻音】
呼気が鼻腔へ流れ出て発せられるガ行の子音。現代東京語では、原則として、語頭以外のガ行音に現れる。例えば「カガミ」のガ、「ニンゲン」のゲなど。ガ行鼻濁音。◆日本語の標準的な発音で、音声記号では[ŋ]で表す。仮名表記では普通の濁音と区別しないが、必要に応じて「゛」の代わりに「゜」を用いて「カカ゜ミ」「ニンケ゜ン」などとする。
_デジタル大辞林 より
なんとなくイメージが付きますでしょうか?
よく言われるのが、音の前に小さなンを発音するイメージ、というかんじです。
子音は、空気の流れを遮ることによって生まれます。
(合っているかわからない例えをすると、口の中を自然な形に保ったままため息をついてもなにも子音は生まれませんが、ため息をつくときに唇や舌の位置を変えると出てくる音が変わるのを実感しやすいのではないでしょうか…だいたいそんなイメージです。たぶん。)
子音をつくるときには、
1.調音点(どこで空気の流れを阻害するのか)
2.調音法(どれくらい空気の流れを阻害するのか)
3.声帯振動の有無(有声か無声か)
4.鼻音性の有無
の4つの基準に基づいて区別されます。
一般的に、英語の子音体系は以下の表のように示されます。
|
調音点 | 両唇 | 唇歯 | 歯間 | 歯茎 | 硬口蓋 歯茎 |
軟口蓋 | 声門 | |||||||||||||||||||||||||||
調音法 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
閉鎖音 | 無声 | p | t | k | |||||||||||||||||||||||||||||||
有声 | b | d | g | ||||||||||||||||||||||||||||||||
摩擦音 | 無声 | f | θ | s | ʃ | h | |||||||||||||||||||||||||||||
有声 | v | ð | z | ʒ | |||||||||||||||||||||||||||||||
破擦音 | 無声 | tʃ | |||||||||||||||||||||||||||||||||
有声 | dʒ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
鼻音 | m | n | ŋ | ||||||||||||||||||||||||||||||||
側音 | l | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
半母音 | w | r | j | ||||||||||||||||||||||||||||||||
(これ表の貼り付けうまくいけてるんだろうか…)
この中で鼻音の部分を見てみると、[m][n][ŋ]の3種類であることがわかります。
・鼻音とは?
たとえば、鼻をつまんだ状態で上の表に載っている子音に母音[a]をつけて発音してみてください。
鼻音に当てはまる音を発音するときだけ、鼻が振動しているようなかんじがありませんか?
これがいわゆる鼻音と呼ばれる空気の流れが起こっている証拠です。
ガギグゲゴを発音するとき、喉から口にかけてだけで音を完成させようとすると、鼻への振動がなく発音できると思います。これが[g]。
ですが、ちょっと意識的に空気を上側に響かせるようなイメージでガギグゲゴと発音すると、[m]や[n]と同じように鼻が振動しているような感じがあると思います。これが[ŋ]。
・軟口蓋とは?
もしお手元に鏡があれば、[ka]と発音するときの舌の位置を見てみてください。
舌の奥のほうが、口の上側にくっついて、舌をもとの位置に降ろすときに息を勢いよく出すことで、[k]の音が生まれていることがわかるのではないかと思います。
そのときの、舌がくっついていた口の上側の部分が、軟口蓋です。
[k][g][ŋ]は軟口蓋にセットした舌をパッて降ろすときに生まれる子音である、ということです。
さて、軟口蓋鼻音の[ŋ]がどういう音か、伝わりましたでしょうか…?
●歌の中で現れる鼻濁音
先ほども書いているように、日本語では[g]も[ŋ]もガギグゲゴの表記でひとまとまりにすることが多く、日常生活の中で使い分けを求められる場面はあまりありません。
ですが、いくつか特殊な場面では、あえて、ガ行の音を[ŋ]で発音することを求められることがあります。
例えば、アナウンサーは鼻濁音を練習する、という話を聞いたことある人は多いのではないでしょうか。
なぜ鼻濁音が好まれるかというと、ざっくりと言うと「響きが美しいから」「雑味が少ないから」のようです。聞き心地がいい響きである、といったところでしょうか。この点はあとでもう少し触れます。
もうひとつ、鼻濁音を意識する場が、歌唱場面です。特にクラシック音楽やオペラ、合唱などでの歌唱では鼻濁音がより意識されることが多いのではないかと思われます。
今仲(2008)によると、西洋音楽ではよりノイズ的傾向のある波形を持つ楽器を避け、クリアで周期的な音を求める傾向にあるといい、それと同じことが人間の声にも求められる、といいます。
人間の声で音楽的に美しい、周期的な音の要素を最も強く持っていると考えられるのが、母音であり、ついで、共鳴音、阻害音、です。
阻害音 | 鼻音 | 流音 | 渡り音 | |||||||||||||||||||||||||||
音声記号 | p | b | f | v | θ | ð | t | d | s | z | ʃ | ʒ | tʃ | dʒ | k | g | h | m | n | ŋ | r | l | j | w | ||||||
子音性 | + | + | + | + | + | + | + | + | + | + | + | + | + | + | + | + | + | + | + | + | + | + | - | - | ||||||
共鳴性 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | + | + | + | + | + | + | + | ||||||
鼻音性 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | + | + | + | - | - | - | - | ||||||
有声性 | - | + | - | + | - | + | - | + | - | + | - | + | - | + | - | + | - | + | + | + | + | + | + | + | ||||||
閉鎖性 | + | + | - | - | - | - | + | + | - | - | - | - | + | + | + | + | - | - | - | - | - | - | - | - | ||||||
継続性 | - | - | + | + | + | + | - | - | + | + | + | + | + | + | - | - | + | + | + | + | + | + | + | + |
上記の表をご覧ください。
[g]と[ŋ]を比較すると、子音性と有声性は両方ともにありますが、共鳴性と鼻音性、継続性が[ŋ]のみにあり、閉鎖性が[g]のみにあるということがわかります。
特にこの共鳴性という特徴が、音楽的に美しく、阻害音よりも声道が広く保たれた状態で発声される音であり、そのため歌うときには[g]よりも[ŋ]が好まれるのだと思われます。(詳しいことは声楽に詳しい方、頼みます。あくまで子音の特徴、っていう話。)
アナウンサーの発音で鼻濁音が好まれるのも、[ŋ]の音にこのような特徴があるため、耳馴染みがよいのだと考えられます。
●佐野さんの『オレンジ』
……ようやくこの話が来ました。笑
①鼻濁音
まずはもちろんここです。じゃなきゃこれまで書いたことなんなんだって話だし。笑
2番Bメロ
"歯がゆい旅路の途中で寝転んだね"の「が」
ラスサビくらい
"出会えることがあるのなら"の「が」
ラスサビ
"なにより2人がここでともに過ごした"の「が」「ご」
で、鼻濁音をかんじたんです。
気になって、これまでのAぇさんの歌とか聞きなおしてみたのですが、やはり佐野さんの鼻濁音ってあまり見つからなくて。
佐野さん、どちらかというと、普段の歌い方は「アの母音」と「無声子音」がハッキリしている歌い方な気がするんです。
例えば、『オモイダマ』のソロパート。
"オモイダマ今空へ駆け上った
それはあの太陽より眩しかった"
のところ。"空"のsの子音とか、"駆け上った"のk,tの子音とか"あの太陽より"のアの母音とか。
あとは、『White Love』のソロパート、
"恋の香りを運んで"
のhの子音。記憶の中で再生してもハッキリ聞こえる。脳内再生めんどいからはよ円盤化してくれ(どさくさ)。
吐息ともまた違うけれど、ハ行じゃなくても佐野さんの歌声って子音と母音のあいだにhの呼気音が挟まれることが多い気がします。私個人の感じ方ですが、それによって柔らかさというか優しさというか…歌としての柔らかさというよりは語りかけるような柔らかさみたいな、そんなかんじがするんです。言うなればシチュー。あったかくて、優しくて、いろんな味がふわっとぎゅっとつまった美味しさ(急に何)。
でも今回の『オレンジ』は、私の直感的な感想は「炊きたてでひと粒ひと粒が立っている新米」のような歌声だったなあ、って。しかもいままで食べたことなくて涙が出るくらい美味しいお米。え?なにこれ?って思いながらずっと噛み締めていたいお米。
ひとつひとつの音が丁寧に薄いゼリーに包まれているような心地よさで。その理由のひとつが鼻濁音だったなあって。あとは[ŋ]だけじゃなくて他の鼻音もとても心地よくて。普段なら"nha"(呼気を含んだナ)になりそうなところが、"nna"(母音アを発音する前にnの子音が響くようなナ)だったような気がするところがいくつかありました。
…一応断っておきますがnhaとかnnaなんていう表記は言語学にございません。今私がつくりました。
②イ母音の口の形
鼻濁音の他にもうひとつ気になったところがありまして。
佐野さん、イ母音の歌い方が2種類ある。
私の中で佐野さんのイ母音の歌い方のイメージは、『オレンジ』でいうと、最後のほうの"消えないように"なんです。微笑むように口の形を横に開くイ。
でも今回の『オレンジ』で1,2番ともにAメロあたり、音が低い部分("町に輝いている"の"ちに"とか"い"とか)のイ母音が、ウの口の形でイを発音するみたいなかんじだったんです。
今までそういう歌い方見たことなかった気がするなあって思いました。
……なんのオチもないんですけど。これも声楽的になにかあるんでしょうか。有識者~~~~~~!
(余談ですが…。
これ下書きに書いた数日後にミュージックフェアを見たのですが、松下洸平さんがまさにこのウの口の形でイ母音を歌っていらして、これまでそんなことなかったよね!?!?松下さん私の下書き読んだ!?それとも佐野さんと秘密裏にコラボ開始してる!?なに!?してくれ!?ってなりました。荒れました。以上です。はい。)
③"『ありがとう。』"の"あ"
これは、正直今回限りの歌い方なわけではなくて、いつもの佐野さんの歌い方で好きなところが現れていた部分っていうだけなのですが。
以前、マシュマロで佐野さんの歌い方についてこんな感想をいただきました。
「名脇役の「おとなしく、"く"るしんでるよ」などの地声の入れ具合が絶妙なので、話しかけているみたいに聞こえるときがあります」
これ、私めちゃめちゃわかるなあって思って。で、それが今回の『オレンジ』では一番最後の"『ありがとう。』"に現れていたと思うんです。
もちろん歌は芸術作品的な側面もあって、そういう意味では綺麗な響きや耳馴染みのよさが美しく感じられるのかもしれないのですが、こういうところに感情が見えてくるというか、声に表情が現れる瞬間な気がしていて、それが最後の最後の、ありがとう、って歌詞の部分に見えたことが私としては最後のどでかい涙腺崩壊爆弾だったんですよね。
④自作MV『オレンジ』
いやこれはさ、もうさ、終わったと見せかけてまた涙腺への猛攻撃をしてきたな、と思ったわけですよ。
このはてブではあくまで歌声にだけ触れますが。
この動画での歌声、これが、少なくとも私の思っている、「いつもの佐野さんの歌声」なんです。
そんな、2つとも聞かせてくださるなんて贅沢な……と恐れおののきました。
柔らかくてあったかくて。hの子音が柔らかく立っている佐野さんの歌声での『オレンジ』も、やっぱりすごく素敵だなあ、って思いました。
⑤余談。
……結局、佐野さん、「じてんしゃ」って言いました?「じでんしゃ」って言いました?
●終わりに。
唐突に終わるやん、と思われた方。
私もそう思います。
いや、なんかね、佐野担でもなく声楽をしていたわけでもない私がなにを語ってんねん、とふと冷静になってしまって(なら書くなや)。
でもなんとなく、というか、だからこそ、かな。
随分前にはてブに書いたのですが、私にとって、分析したい、っていう感情って何よりの愛情表現なんです。
だから、佐野担じゃない人間にも、こんなにも響いているんだっていうことが、少しでも伝わったらいいなあ、って思って書きました。
私はいつもの、佐野さんの呼気の混ざったシチューのようなあったかくて柔らかい歌声も、
今回の『オレンジ』のような、一音一音が立った炊き立ての新米のような歌声も、どちらも本当に大好きです。
どっちが美味しいとか、言うつもりはありません。なんなら一緒に食べたいくらいです。(これは単純に「シチューと白米を一緒に食べるのか論争」始まりそうなので黙ります。笑)
だから、これからももっと、佐野さんの歌声をいろんな場所に、欲を言えば、ファン以外の人にもたくさんたくさん、届きますように、って、ひとりのAぇ担として思っています。
ではまた。気が向いたときに、思い出したようにつらつらと書きに来ます。
ありがとうございました!
参考文献
(ごめんなさい、URL載せるだけで…論文形式守れてない……そもそも論文形式の参考文献の書き方忘れた……)
今仲昌宏(2008)「声楽のための英語発音法に関する分析(1)」東京成徳大学『研究紀要』15,pp29-37
今仲昌宏(2009)「声楽のための英語発音法に関する分析(2)」東京成徳大学『研究紀要』16,pp23-34
今仲昌宏(2010)「声楽のための英語発音法に関する分析(3)」東京成徳大学『研究紀要』17,pp1-15
http://culture.cc.hirosaki-u.ac.jp/english/utsumi/linguistics/lingusitics_c3_ja.html
https://utaten.com/karaoke/technique/nasal-resonance/
https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/term/030.html
https://talknavi.co.jp/commu/nasal_noise/
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/20170401_6.html
https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/uraomote/002.html
https://news.livedoor.com/article/detail/11918510/