Griceさんに焼きマシュマロを食べさせるお話。

●はじめに。

こんにちは。こんばんは。
ご来訪くださりありがとうございます。

今回のはてブは久しぶりのガツガツ言語学でございます。
それもずっと前から書こう書こうと思っていた内容……

そう、Paul Grice:ポール・グライス さんについて!!!!!!

……誰やねん、と思ったあなた、正解です。大正解。
Griceさん、ザックリと言うと、人って会話を理解するときに基本的にはこういうことを守っているよね!ってことを提唱した言語学者さんです(有識者に怒られそうなくらい雑な紹介)

パッと聞いただけではなんのこっちゃと感じるかもしれませんが、日常的に私たちが会話を行う上で無意識に起こっていることを理論化したGriceさんと、その理論を起点にして発話の解釈や推論のはたらきについての研究を発展させた言語学者さんたちの研究内容、知れば知るほど、ことば扱う人間ってすげえ!人間めんどくせえことしてんな!もっと単純な脳みそに発達したかったな!でもおもしれえええ!ってなります、なるはずです。

このはてブの目的としては、
・Griceさんを始めとした会話の推意などに関する理論を私なりに噛み砕いて、初めて言語学に触れる人にも面白いと思ってもらうこと
・このはてブを読んだあとに「ってことは、あのときのあの会話って〜〜ってことか…!」とか、実会話に当てはめて楽しんで(?)もらうこと
クソリプや焼きマシュマロが来たときに心の中にGriceさんを住まわせることで無敵になる方法をお伝えすること
ってかんじです!

なので、万が一、ちゃんとした参考文献などを探してこのはてブにたどり着いてしまった方がいらっしゃいましたら、この記事は専門家が書いているものではないため、丸呑み信用はしないでください
最後に今回使用した文献リストも載せておりますので、このはてブを踏み台にして、専門書を手にとってみてください!


●きっかけ。

何度か「Griceさんのブログ書きてえ〜〜」ってツイートしていたのですが、最初のきっかけは、
相互フォロワーさんに来た焼きマシュ(いわゆる匿名で送られてくる間接的な表現の嫌味なおことば)です。
私の信念として、できる限り言語学の知識を攻撃に使用したくはないのですが、こういう出来事があると、正当防衛だぞオラァ、と治安悪い性格が出てきてしまいます。よくないですね。

でもおそらく、ですが、匿名性のあるSNSではもちろん、日常生活の中でも、「今のことば嫌味…?」とか、「そんなつもりなかったのに私のことばで相手を傷つけてしまった…どう言ったらよかったんだろう…」ってこと、あると思うのです。

なので、傷つく前に正当防衛として身を守る方法、無闇に他人を傷つけないための方法として、Griceさんたちを布教したいなあ、と思ったのが、きっかけです。


●先行研究その壱︰協調の原則 by Griceさん

まずはやっぱり今日のメイン、Griceさんのお話です。
初めにもご紹介したように、会話を行う中で発話の解釈をどのように行っているか、ということをCooperative Principle【協調の原則】として定義しました。

Make your conversational contribution such as is required, at the stage at which it occurs, by the accepted purpose or direction of the talk exchange in which you are engaged. (Grice1989: 26)

 ⇒会話の中での自分の貢献を、そのときに生じている段階において、ことばのキャッチボールの目的や方向性から必要とされるようなものにしてね!

なんかわかるようなわからないようなみたいな……
この原則、さらに4つの格率に詳しく分かれているので、とりあえずそっちを見てみましょう!

1.the maxim of Quantity
 (a) Make your contribution as informative as is required (for the current purposes of the exchange).
 (b) Do not make your contribution more informative than is required. (Grice1989: 26)

⇒1 量の格率
  (a) (今している会話の目的に)じゅうぶんな情報を話して!
  (b) 必要以上なことは話さないで!

ひとつめは話す内容の情報量について。
語りすぎるのも、語らなすぎるのもダメだから、ちょうどいい量の情報を含んだ発話にしてねー!っていうのが、こちらの量の格率です。

2.the maxim of Quality
 Try to make your contribution one that is true.
 (a) Do not say what you believe to be false.
 (b) Do not say that for which you lack adequate evidence. (Grice1989: 27)

⇒2 質の格率
  真実を言うように努力してね!
  (a) 間違っているって思っていることは言わないで!
  (b) ちゃんとした証拠がないことは言わないで!

ふたつめは話す内容の真実性について。
基本的には嘘をつかないでねー!っていうのが、こちらの質の格率です。

3.the maxim of Relation
 Be relevant. (Grice1989: 27)

⇒3 関連性の格率
  関係あること話そうね!

みっつめは話す内容の前後のつながりについて。
相手の話を聞かないで質問を無視したり、Aぇ担垢で突然松下さんの話をしたり()、えっ急になんの話???ってなるようなことを言わないでねー!っていうのが、こちらの関連性の格率です。

4.the maxim of Manner
 Be perspicuous.
 (a) Avoid obscurity of expression.
 (b) Avoid ambiguity.
 (c) Be brief (avoid unnecessary prolixity).
 (d) Be orderly. (Grice1989; 27)

⇒4 様態の格率
  ハキハキしてね!
  (a) 難しい表現はやめてね!
  (b) あいまいにしないでね!
  (c) (くどくどしないで)簡潔に話してね!
  (d) 順番に話してね!

よっつめは話す内容のわかりやすさについて。
話があっちこっちに飛んだり、誤魔化したりしちゃダメだよー!っていうのが、こちらの様態の格率です。

いかがでしょう?
原則とか格率とかいうと複雑そうですが、言っている内容は意外とシンプルで、わざわざ言われなくても…って私は最初感じました。
でもそれこそがポイントで、私たちことばを扱う人間は、無意識にその場の会話に応じて上記の内容を守りながらしゃべっていて、相手の発話も基本的にこの内容を守っていると信じて理解している、というのがGriceさんの提唱した大切な理論だといえます。

そりゃそうですよね…常に相手が嘘を言っているかもしれないとか、いつも必要な情報の半分しか言わない、なんてことになったら、コミュニケーションとして成立しないだろうと考えられます。

 

では、本当に人間は常にこの原則や格率を守った発話をしているのでしょうか?
下記の例を見てみましょう。

 

☆例1☆
(文脈…この会話の直前まで、特にハサミがメインの話題ではない)
01 A : ねえ、ハサミ持ってる?
02 B : うん。(うなずく)
     B' : うん。(ハサミを手渡す)

01行目のAは[ハサミを持っているか、持っていないか]という質問をしています。
それに対する02行目での応答として、Bは[ハサミを持っている]という返答をします。これは文字面だけでパッと見たところ、Griceさんの原則や格率を守っているように思われます。
一方、B'は、質問に対する回答ではなく、[ハサミをAに渡す]という行動で反応しています。質問とペアになるべきyesかnoの回答を発話上行っていないのです。

しかし、日常生活では、BとB'の反応、どちらがよく起こるか、というと、質問に対する回答をしていないはずのB'ではないでしょうか?

この現象を説明するために、Griceさんの続きを読んでみましょう!


●先行研究その弐:会話の含意の特徴 by Griceさん

Griceさんは、上記の協調の原則を述べたあと、この原則や格率があることによって、conversational implicature【会話の含意】を引き出すことができる、と続けています。

I am now in a position to characterize the notion of conversational implicature. A man who, by (in, when) saying (or making as if to say) that p has implicated that q, may be said to have conversationally implicated that q', provided that (1) he is to be presumed to be observing the conversational maxims, or at least the Cooperative Principle; (2) the supposition that he is aware that, or thinks that, q is required in order to make his saying or making as if to say p (or doing so in those terms) consistent with this presumption; and (3) the speaker thinks (and would expect the hearer to think that the speaker thinks) that it is within the competence of the hearer to work out, or grasp intuitively, that the supposition mentioned in (2) is required. (Grice1989; 30-31)

⇒会話の含意についての特徴は以下の通りだよ!
  ある人物が、pという発話をして(もしくはpと言っているフリをして)qという内容を含意しているばあい、その人物=話し手は会話の中でqを含意しているということになるよ!
  さらに、そのことは
  (1)話し手は、Griceの提唱した会話の4つの格率、もしくは少なくとも協調の原則を守っているはずであり、
  (2)話し手は、pという内容を発話したりpと言っているフリをしたりするために、qという内容が必要とされるのだと気づいているもしくは考えている、という前提があり、
  (3)前述した(2)の前提が必要とされるということを聞き手も気づいているのだ、ということを話し手は考えている
という3つを提示しているんだよ!


………?ってかんじですよね。和訳難しいです。英語ネイティブへるぷみー。

pとかqとか使っているとわかりにくいため、先程の例1に当てはめて考えてみます。

☆例1☆(再掲)
(文脈…この会話の直前まで、特にハサミがメインの話題ではない)
01 A : ねえ、ハサミ持ってる?
02 B : うん。(うなずく)
     B' : うん。(ハサミを手渡す)

ここで、発話pにあたるのは01行目の[ハサミを持っているか、持っていないか]という、発話の字義的内容です。
前提となる文脈より、ハサミについての話題が直前までされていなかったことを考えると、突然ハサミの有無が必要になる状況はなかなか考えられません。
しかし、会話の含意の特徴(1)より、会話の格率、もしくは少なくとも協調の原則を守っているはず、ということは、現時点での会話場面に必要とされる含意qがあるはずだ、と考えられるのです。
さらに、特徴(2)より、Aは01行目の発話で含意qが(当たり前に)必要とされると考えていること、特徴(3)より、Bも同様の思考を持っており含意qが伝わるだろう、とAが想定していること、がいえます。

ここまで考えた上で、ではもっとも考えられ得る含意qはなんだろう、となったときに、いくつかの可能性を考えてみます。
まず、01行目に対する返答がnoだった場合のAの含意(「もしハサミ持ってないなら…」に後続する内容)
・私のハサミを貸してあげる
・買ってきたほうがいいよ
・問題ないね、刃物持ち込み禁止だからここ
・なんで持ってないの?
などが考えられます。
次に、返答がyesだった場合のAの含意(「もしハサミ持ってるなら…」に後続する内容)
・貸して
・私も買ってこようかな
・刃物持ち込み禁止だから置いていきな
・なんで持ってるの?
などが考えられます。
詳しく文脈を書いていないので絶対的とは言えませんが、ここにあげた含意の中でもっとも可能性が高い(一般的によく発生する)のは(Bがyesだったときの)じゃあ貸して」
だと考えられるのです。
(例えばこれが空港の荷物確認する場所だったら「持ち込み禁止だから〜」のほうが適切かもしれませんし、前日にハサミが必要だと言われていたような状態であれば、「買ってきたほうがいいよ」のほうが適切かもしれませんが、あくまでそれらは有標的な状況であると考えます。)

ゴタゴタと書きましたが、整理すると……
Aは「ねえ、ハサミ持ってる?」(=発話p)とBに対して質問する
⇒このとき、この発話には「(ハサミ持ってたら)貸して?」という意味(=含意q)を含んでいる。
 Aはpを発話するとこの含意qが伝わるということを信じている。
 Aはさらに発話pの含意としてqが伝わるだろうとA自身が考えている、ということをBは理解してくれるだろうと信じている。

ということになります。
そして、その含意qを含めてこの発話の応答として適切なものを考えると、字義的な質問に回答するBより、含意qに対応するB'であるのです。

たった一往復の会話のキャッチボールも、分析するとこんなにややこしくなるのです。
逆にこんなにややこしいことを、私たちは知らないうちにさも当たり前かのように行っているのです。
賢いというか、めんどくさいというか……


●Griceさんに足りないところ。

もちろんGriceさんは他にもたくさんの理論や仮定を提示してきましたが、その中でも有名であり重要なものを2つ、紹介しました。
しかし、画期的な視点であるとはいえ、この理論には抜け穴もあり、のちの言語学者さんたちがその抜け穴を補填する理論を展開しています。
例えば、上記のpとqの例のとき、含意qを最終的にどうやって絞り込むか、Griceさんは明言していません。


●焼きマシュを読んだときの私の中のGriceさん。

難しい理論が続いていてもつまらないので、息抜きに、そもそもこのはてブを書く衝動を生み出した、焼きマシュのような嫌味っぽい表現をどのように解釈するか、私の脳内をご紹介します。

※実際に私に届いた焼きマシュがあれば使用したのですが、私のフォロワーさんたちは菩薩のような心の持ち主しかいないみたいで参考例がないので、以下の内容は創作です!いつもフォロワーさんありがとう♡

☆創作焼きマシュ1☆
「何垢(なん)ですか?」「誰担(なん)ですか?」

これがいちばん私に来そうなやつですね。自分でも思うし。
まず、字義的な形式を見ると、[質問]です。となると、私は「Aぇ垢です」「大晴さんが好きです」と[応答(回答)]をするのが、いわゆる"正しい"やり取りです。
しかしその前後での私のツイートややり取りなど、タイミング(前提となる文脈)によっては単なる質問ではなく、含意を読み取ることができます。

①どうして今このタイミングで「私が誰のことを好きなのか」という情報が必要なんだろう?
②例えば新しいフォロワーさんがそれを知りたいならわかるけど……フォロワー増えてないし……
③唐突すぎん?(話題の飛躍⇒関係性の格率を違反している)
 というかツイフィールに一応書いてるぞ?(すでに提供済みの情報の再要求⇒量の格率を違反している)
④いや、なにか理由があるはずだ(基本的に4つの格率を守って会話をしていると信じている⇒格率を違反しているはずがない)
⑤あ、そういえばさっき松下さんと佐野さんの親和性について20ツイートくらいしたなあ…(←前提となる文脈)
⑥仮にこのマシュ主が
 (a)「私が福本さんのことを好き」ということを知っていて、
 (b)20個の松下さん×佐野さんツイートを見ている(20のツイートの直後にマシュマロを送ってきた)
 と考えてみよう。
⑦マシュ主は質問の回答となる情報をすでに知っているので、実際に行いたい発話行為[質問]ではない
⑧マシュ主は(b)に対する反応をしている(内容的に(b)に関係性がある)ことを言っているはずである。
⑨マシュ主には「福本担が自担以外のツイートをしまくっている」と見えていると考えられる。
(あくまで私が想定し得る)常識の範囲内で、オタ垢で自担以外のツイートをしまくることを不快に思う人は一定数いるだろう、と想定できる。
⇒⇒つまりー????マシュ主はこのマシュマロを送ってくることによって「あなた福本担なら福本さんのこと呟きなよ?てかせめてジャニの話しろよ?垢分けしろよ?」みたいな非難を伝達しようとしているのではないか????
…………ふぅ。
ってなるわけです。これを一瞬にして脳内のGriceさんが言ってくるのです。

なるほど!と思ってくださった方、ありがとうございます。
生きるのめんどくさそうだな、と思った方、そのとおりです。
Griceさんの話でここまでいく?と思った方、そのとおりです。
そう、Griceさんだけでは足りないところがあるんです。特に後半。

が!!!!!!
みなさまおわかりのとおり!!!!!
すでにこのはてブ長すぎて他の理論の話書けねえ!!!!!


●というわけで!!!

本当は、このひとつの記事で、Brown & Levinsonの関連性理論の話とか、帰納と演繹とアブダクションの話とかを全部簡潔にまとめるつもりだったのですが、要約能力が著しく欠如している私には無理でした!!ごめんなさい!!
上記の焼きマシュマロの解読方法、基礎はGriceさんにあるので、少し都合よく見える部分もあるかもしれませんが、ほとんど協調の原則や会話の含意についての知識があるだけでこんなふうに考えられるんだよー、っていう面白さが伝われば、今回はとりあえずよいことにします!

 

●終わりに。

さて、今回も長々と最後までお読みくださった方、ありがとうございます。
最初に、Griceさんを知ることによって焼きマシュが来ても無敵になれる、と書きましたが、あくまで論破できる、という程度のことで、嫌な気持ちになるもんは嫌な気持ちになります。
でも、理由もわからず「なんか嫌味っぽいなあ」と思って相手に攻撃をしてしまうと、「え?私は単純にあなたが誰担か知りたかっただけですよ?」と逃げられてしまう可能性が高いので、逃げ道をつぶすというのがこの理論を使った悪知恵ってかんじですかね…性格悪いっすね私…。
先程も書いたように、Griceさんだけではなく、他にも多くの言語学者さんが会話の含意や推意をどのように解釈するか、という理論を提唱していて、私たちは理論としては知らなくても、無意識にその理論に沿った解釈をしていたり相手にそういった解釈を期待したりしています。ここで起こる問題点は、それらの理論を“当たり前”だと思ってしまうことによって、自分と相手の解釈に差が生まれたときに「なんで伝わらないの?」と一方的に相手を責めてしまう可能性が生まれることです。
私が言語学を少しでも広めたい理由の大きなひとつでもありますが、無意識に行っていることの手順を知ることによって、自分にとっての“当たり前”が全人類にとっての“当たり前”ではないことに気づき、コミュニケーションの中で問題が発生したときに、一方的に相手のせいにするのではなく、自分の行為を顧みて変化させるきっかけになれればいいなと思っています。

そんなわけで、またこの続きのはてブを書くかもしれませんし、別のことを書くかもしれませんし…ですが、何か疑問点やご意見などあれば、どんどんマシュマロに投げてください!もちろん焼きマシュマロも大歓迎です♡


では。また気が向いたときにつらつらと書きに来ます。
ありがとうございました!


●参考文献
東森勲・吉村あき子(2008)『関連性理論の新展開 認知とコミュニケーション』研究社
三原健一・高見健一編(2018)『日英対照 英語学の基礎』くろしお出版
Jonathan Culpeper, Michael Haugh著,椎名美智 監訳『新しい語用論の世界 世界からのアプローチ』研究社
Grice, Herbert Paul (1989) Studies in the Way of Words, Harvard University Press
吉村あき子(2017)「分析的推意と拡張的推意」『欧米言語文化研究』第5号